パチンコ屋の前などで独り遊んでいる幼児を見ると暗い気持ちになる。そうした子どもが誘拐されたことがあったし、駐車場の車の中に放置された乳児が暑さのために死亡したこともあった。誰が一体子どもたちを此処に連れて来たのか。パチンコ屋が子どものために悪いと言っているのではない。幼児や乳児から目を離してしまうことが理解できないのである。
風呂に水を入れていて、つい入れ過ぎてしまうこともある。牛乳を噴きこぼしてしまうこともある。だが、普通我々は子どもを攫われたとか脱水死させてしまったとかいうことをそれらと同次元で扱ってよいとは考えない。なんといっても子どもの生命がかかっているのである。
しかし敢えて言うならば、それら三つの場合を貫いている我々の迂闊さに照準を合わせない限り、この手の事件は何度でも起きるだろう。ある状況においてなにが一番重要なのかを常に見極めようとする姿勢、それを身につけなければならない。我々にそのための努力が見られないなら、死んだ子どもたちよ幽霊となって出て来るがよい。
(『朝日ジャーナル』1989年10月27日号)



